はじめに

「バーニア、アポジモーター、スラスター、その他」の記事において、もう少し基礎的なところから説明してくれ、という方に向けて書いています。

名称とか

表記ゆれについて

「バーニア」と「バーニヤ」、「スラスター」と「スラスタ」などはただの表記ゆれで同じものです。英語だと「vernier」「thruster」です。

「アポジモーター」は「アポジキックモーター」を一部省略しているだけで同じものです。

ここでは「バーニア/バーニヤ」は「バーニア」の方で。「モーター」などの末尾長音は書く方で統一します。読むに当たって混乱しないようにしただけで、この表記が正しいというわけではないので念のため。

よく使われている表記(vernierの場合)

私見ですが「vernier」の日本語表記、ノギスだと「バーニ」、ロケット関係は「バーニ」が多いように思います[1]

「V」から始まるので「ヴァーニア」「ヴァーニヤ」と表記する方もおられます。

いろんな名称

サターンⅤロケットとフォン・ブラウン博士

手前の著名な人物の後ろに、サターンⅤロケット1段目にある巨大なエンジンが写っています。

このエンジンをなんて言うでしょう。

名称
F-1エンジン
機能
(サターンⅤ)メインエンジン
場所
(サターンⅤ)第1段エンジン
推進剤の種類
液体燃料ロケットエンジン(略して液体エンジン)
汎用性重視
ロケットエンジン
分からんでもない
ノズル

普通は単に「ロケットエンジン」でしょうか。好きな人なら「F-1エンジン」あたりかも。

「メインエンジン」は文字通りメインとなるエンジンの意味です。サターンⅤのようなロケットの場合、一番力を必要とする第1段エンジンをメインエンジンと言ったりします。

「ノズル」は、釣り鐘やスカートみたいな箇所です。ロケットエンジンを構成する部品の一つで、大きくて目立つ箇所です。

同じものでも文脈によって違う呼び名が使われたりします。例えば小さめの推力のロケットエンジンを、「~エンジン」や「~スラスター」とか二通り書かれているものも結構ありますし、もっとややこしい例もあります

最初のうちはややこしいと思いますが、そのうち慣れます。

上記のエンジンを「バーニア」「アポジモーター」と呼ぶのは明らかに間違いなのでご注意ください。

ロケット

ロケットとは

自分の一部を後方へ放り出す→反作用で前方へ進む。そうやって進む飛翔体をロケットと言います。そのような方式の推進機関もロケットと言われます。反作用で進むのはジェットエンジンも同じですが、大気中の酸素を使うので宇宙では使えません。

もう少し詳しく

国際航空連盟は高度100km以上を宇宙としています[2]。ロケット機のX-15は高度100kmを越えましたが、ジェット機のXB-70はそこまで高くは飛べません[3]。最高速度も確かに違いますが、民間のロケット機スペースシップワンはXB-70が出せるマッハ3前後で高度100kmを越えています。

しかし、X-15やスペースシップワンは高度100kmを越えられるものの、人工衛星のように地球上をぐるぐる回る周回軌道には乗れません。速度が圧倒的に足りないのでした[4]。X-15の速度記録がマッハ6.72で秒速2.0km、高度100kmを越えた飛行の最大速度が秒速1.7kmですが、周回軌道に乗るにはさらに4倍ほどの速度が必要です。


どんな方法で、何を放り出すかによって、多くの種類に分けられます。

  • 化学ロケット
    • 液体ロケット(推進剤が液体)
    • 固体ロケット(推進剤が固体)
    • ハイブリッドロケット(燃料が固体で酸化剤が液体)
  • 電気ロケット(電気で推進剤を加速)
  • 原子力ロケット(核分裂反応を使って推進剤を加速:実験まで)
  • 核融合ロケット(核融合反応を使って推進剤を加速:構想まで)
  • その他いろいろ

化学ロケットは、化学反応(燃焼)でできた高温高圧のガスを後方へ噴射して進みます。地上から打ち上げるロケットはすべて化学ロケットです。

液体ロケットは、2種類(燃料と酸化剤)か、1種類(触媒に通して化学反応を起こす)の液体を燃焼させます。これらは推進剤プロペラントとか、まとめて「燃料」とか言われます。

固体ロケットは燃料と酸化剤に繋ぎの材料などを混ぜて固めたものを使います。「推進薬」といわれるのをよく目にします。

化学反応を使わない非化学ロケットだと燃料・酸化剤はなく、後方へ放り出すもの(推進剤プロペラント)を持っています。「はやぶさ」で有名なイオンエンジンは、イオン化した推進剤の陽イオンを、電気の力で高速に噴射します。これは電気ロケットの一種です。

化学ロケットと非化学ロケットの両方で推進剤と言う言葉が出ましたが、中身は異なります。化学ロケットの推進剤は燃焼したりさせたりするものですが、非化学ロケットのは使えるものなら化学反応を起こしにくいものでも使っています。

打上げ用ロケットと宇宙機

ガンダムの話題に出るバーニアやアポジモーターというのは、現実に使われているロケットの一種です。

それらを使っているのは、宇宙で活動する機器や、機器などを地上から宇宙へ運ぶロケットです。ここでは大きく2つに分けてみます。

打上げ用ロケット
ペイロード貨物(人工衛星や探査機、有人宇宙船など)を地上から宇宙へ運ぶロケット。
地球の重力と空気抵抗に逆らって宇宙に行き、地球周回速度(もしくはそれ以上)を出すため、大推力のエンジンと大量の推進剤を積む。
宇宙機
人工衛星や探査機、有人宇宙船など宇宙を飛ぶ人工物体の総称[5]。ロケットのペイロードそのもの。
推力が小さいエンジンを積む(積まないものも)。軌道を変更するものは推力が少し大きめのエンジンを積むか、燃費のいいエンジンを長時間使う。

エンジンとモーター(化学ロケットの話)

液体ロケットのエンジンは、推進剤を運ぶ配管やパイプなどで複雑な作りになっています。

固体ロケットは、液体ロケットのエンジンのような複雑な機構がないので[6]、エンジンと言わずにモーターと言われるようです。モーターと言えばマブチタミヤのように電気を流すとシャフトが回る電動機を想像しますが、こちらは原動機の意味の方だと思います。

ついでに、付言すれば、固体ロケットの場合はロケットエンジンとはいわないで、ロケットモータと称して区別することが多い。エンジンといえば何となく複雑な印象を与えるのに対して、モータは何となく簡単な印象を与えるという理由からであろう。

『新版日本ロケット物語』ロケットの起源と発展 ロケットとは何か 7頁下~8頁上

いわゆる「ロケット・エンジン」という言葉は、液体推進剤のロケットに対して使います。固体推進剤の場合に限って「ロケット・モーター」と呼ぶ習わしです。英語でも同じです。いずれにしろ「ロケットのいのち」ともいわれる装置です。

『トコトンやさしい宇宙ロケットの本』第4章 ロケット・エンジン 59頁

基本的に「エンジン」は液体ロケット、「モーター」は固体ロケットという使い分けがなされています。古くは、とくに航空関係で「モーター」が多用されたりなどありますので、基本的には、ということでとらえた方がいいと思うのですが。

もう少し詳しく

エンジン

液体ロケットエンジンの例:LE-7エンジン

日本のH-IIエイチ・ツーロケット[7]のメインエンジン、LE-7です。全長は3.2m、重さは1.7トン[8]あります。

燃料と酸化剤を燃焼室へ送り出して燃焼。発生した高温高圧のガスはノズルで加速され噴出して進みます。

単純に書くと上記の通りですが、実際にはもう少し複雑な課程を経ています。配管がうねっており、ポンプやプリバーナー(副燃焼室)などがあって複雑な作りになっています。

打上げ用ロケットの1段目は、地球の重力や空気抵抗に逆らって飛ぶために大推力のエンジンが使われますが、燃焼室内には大きな圧力がかかります。そこに燃料と酸化剤を送り込むポンプは非常に大きな力が必要です。H-IIロケット8号機では、液体水素を送り出す毎分4万2千回転の液体水素ターボポンプの羽が壊れたためエンジンが急停止して失敗している[9]ほか、H3ロケットのメインエンジンLE-9でもターボポンプと燃焼室で問題が発生し[10]、打ち上げが遅れています。

複雑な作りなので設計や製造は大変ですが、燃焼を一旦止めたり再点火したりなどの制御が可能です。

ここまで強力なものでなければポンプを使わず、窒素やヘリウムガスなどで圧力をかけて燃焼室へ送り出す方法もあります。

液体ロケットエンジンのノズルはなだらかなカーブを描くベル型(釣り鐘型)をしています。排気ガスの流れが効率よく加速され排出される形です。

モーター

固体ロケットモーターの例:第1段M-14モーター

日本のM-Vミュー・ファイブロケット[11]1段目の固体モーター、M-14です。全長は13.7m、重さは82.9トン(推進薬なしだと10.9トン)あります。図は上半分が断面、下半分が外観です。

推進薬が詰まったモーターケースとノズルに大きく分けられます。液体ロケットのエンジンと違ってポンプや配管がなく、すっきりした感じです。

モーターケースは固体の推進薬が充填され、中心に穴が開いています[12]点火器イグナイタが前方や後方(画像のM-14だと前方)にあり、点火すると穴の壁面から燃焼していきます。発生した高温高圧のガスはノズルで加速され噴出して進みます。

モーターケースは液体エンジンでの燃焼室(+燃料・酸化剤タンク)に相当します。燃焼が始まると燃え尽きるまで止めることができず、一旦止めるとか再点火などは基本的に無理[13]で、精密な制御は難しいです。

小型の固体モーターも様々な箇所に使われています。図のM-14モーターが使われているM-Vロケットや後継のイプシロンロケットでは、姿勢制御用に小型の固体モーターが使われていますし、M-14モーターのような大きな固体モーターに使われる点火器はそれ自体が小型の固体モーターでもあります。

固体ロケットモーターのノズルは直線の円錐形(コニカルノズル)が多いです。ベル型より若干効率は落ちますが、推進薬に含まれるアルミの粉末といった固体粒子がノズル壁面を浸食するなどの理由で直線的な形が選ばれます。

非化学ロケット

ロケットとはで書いたとおり、化学反応とは違った方法で進むロケットもあります。まとめて非化学ロケットと言われます。

著名なのは、小惑星のかけらを採取して持ち帰った「はやぶさ」に使われたイオンエンジンでしょうか。電気の力で陽イオンを高速に噴射し、推進力とします。

ガンダム世界だと核融合ロケットが一般に使われていたように思います。この辺は作品によって違うだろうし、原理もミノフスキー物理学が応用されていると聞きますので、ここでは特に書きません。

もう少し詳しく

電気ロケット

太陽電池などから得た電気を使って推進剤を加速するロケットです。電気で作った熱を使うものや、プラズマ化した推進剤を電気の力や電磁力の力で加速して噴射させるものなど、いろいろ種類があります

小惑星まで往復したはやぶさで有名になったイオンエンジンも電気ロケットの一種です。

小惑星探査機「Psyche(サイキ)」のホールスラスタ

米国の小惑星探査機サイキ[14]のメインエンジン、ホールスラスタです。はやぶさなどに積まれたイオンエンジンより高密度のイオンを噴射できるので推力が大きめです。

推力は化学ロケットと比べると遙かに小さいので地上からの打ち上げには使えません。しかし比推力(燃費みたいなもの)が高く、推進剤を長期間にわたって高速で噴射できます。化学ロケットと同じ速度を出すのに時間はかかりますが、推進剤が少なくてすむので、そのぶん姿勢制御用の燃料を増やしたり機材を多く積んだりできます。

フィクションだと

小説「火星の人」に出てきた地球-火星往還船ヘルメスがイオンエンジンとする記述が出てきます。ただ、登場人物の台詞で「VASIMR4」と言う単語があるので、比推力可変型プラズマ推進機VASIMRヴァシミール)を使っており、総称としてイオンエンジンと言ってるだけかもしれません。

「スターウォーズ」のタイファイターとかがイオンエンジンというのを昭和の頃に知りましたが[15]、この辺はなんかすごいエンジン程度の認識にしておくのがいいだろうと思っています。電気ロケットも電力をもっと上げることができれば推力を上げることも可能と聞きますが、スターウォーズに現実のを当てはめるのは野暮かなと思いますので。

原子力ロケット

核分裂反応のエネルギーを使うロケットです。原子炉で作った電気や熱を利用します。原子炉ではなく、小型の原爆を後方で連続的に爆発させ、その衝撃で推進する方法も考えられました。

NERVAエンジン

NERVAは米国で研究された原子力ロケットエンジンです。ポンプで送り出された液体水素はノズルと原子炉を冷却し、炉心に通して高速のガスになったあとノズルから噴出されます。高速になったガスの一部は取り出されてポンプのタービンを回し、排出されます。打上げ用ではなく宇宙空間で活動します。

熱で推進剤を高速に出すのは化学ロケットと同じですが、化学反応は使わないので酸素などの酸化剤が必要なく、軽い水素のみを使えるので、同じエネルギーを与えるにしてもガスを高速に噴射できます。

1950年代から米国は原子力ロケットの研究に乗り出します。検証用の原子力エンジン「kiwi」シリーズやロケットエンジン用の「NERVA」が開発されましたが、1973年早々中止になりました。

核融合ロケット

核融合反応のエネルギーを使うロケットです。核融合反応は同じ質量でも核分裂反応より大きなエネルギーを得られますが、エネルギーを一気に解放する爆弾としてしか実用化されていません。発電に使うのもまだ先の話で、推進用に使うのは構想の段階です。

発電には、核融合反応が起きる超高温のプラズマを長時間保持する磁気閉じ込め核融合と、プラズマの保持はしない(慣性でその場にとどまり消滅する)が連続して作り出す慣性核融合の2種類があります。推進用にもこの2種類の方法を応用したものが考えられています。

核融合ロケット
磁場閉じ込め核融合の手段を使ってできた高速のプラズマを船尾から出し推進力とします。
核融合反応の熱で推進剤を加熱し、船尾から出して推進力とする方法もあります。
核融合パルスロケット
慣性核融合の手段を使い、船尾で核融合反応を連続的に行って、生成した高速の荷電粒子を磁場で受け止め、推進力とします。

核融合反応を使う核融合ロケットの構想は昔からあります。有名なのは1970年代に英国惑星協会で考えられ発表されたダイダロス計画[16]の宇宙船でしょうか。20世紀中に実現可能(と思われる)技術で、計画参加者が存命中に、太陽系外の恒星を探査できるかを考えたものです。慣性核融合の手段を使い、中性子をほとんど出さない重水素とヘリウム3の組み合わせで推進する無人の探査用宇宙船が考えられました。

他にも70年代から80年代にかけて、重水素ー重水素の組み合わせや重水素ー三重水素の組み合わせを使ったレーザー核融合ロケットの構想が発表されています。

大阪大学レーザー核融合の高速点火方式で使う燃料ペレット(実験用)

実験用の燃料ペレットで、直径0.5mmの重水素化ポリスチレン製カプセルと原子番号が大きい物質で作られた中空の円錐(コーン)からできています。複数のレーザーでカプセルを爆縮させ、点火用レーザーをコーンを通ってカプセル中心に直接当てることで点火、燃焼を行います。

フィクションだと

核融合ロケットは現実にはまだありませんが、超光速飛行のような空想技術でも無いので、近未来系の話によく出ているように思います。

漫画「プラネテス」の地球-木星往還船フォン・ブラウン号ではタンデムミラー型核融合エンジンが登場しました。現実のタンデムミラー型核融合炉は磁場閉じ込め核融合の一種で、核融合研究の初期に登場したミラー型の改良版です。筑波大学 プラズマ研究センターにありますね。

小説版「さよならジュピター」では慣性核融合の手法を使った宇宙船が登場します。

ガンダムのはミノフスキー物理学を応用した核融合炉が……というのは私よりこれを読んでいる方の方が詳しいだろうと思います。

上記3作の核融合は、重水素とヘリウム3の組み合わせという設定です。現実の核融合発電で研究されている重水素と三重水素の組み合わせと違って、反応で荷電粒子しか出ないので電磁気的に制御できます。ただ、重水素と三重水素より反応の条件が難しいのと、ヘリウム3の入手が困難な点があります。

核融合の熱について

以下は現実の磁場閉じ込め核融合での話です。

核融合発電の話で、核融合炉のプラズマは1億度とか言う話をききます。この温度に耐えられる素材がないとか、この温度でお湯を沸かして発電するなどの話も見かけます。お湯を沸かすのは確かですが、プラズマの熱で沸かすわけではありません。

  1. プラズマの粒子は磁力線に巻き付くのを利用するのが磁場閉じ込め式。
  2. 磁場で閉じ込められるのは数気圧。
  3. 核融合を起こすにはプラスの電荷を持つ原子核同士をぶつけて融合させる。
  4. 原子核同士をぶつけるには超高温が必要。超高速になるのでプラスの電荷同士ではじかれる前にぶつかるので。
  5. 物質は高温になるほど体積が増す。同じ容器内なら圧力が高まる。
  6. 1億度とか圧力がすごくなる。磁場で閉じ込めとか無理。
  7. なので、プラズマ自体をものすごく薄くする。30万分の1気圧とか、真空と変わらないくらいの密度に。
  8. そうすれば超高温で圧力が高まっても数気圧ですんで磁場で抑えられる。

ということで、核融合炉内のプラズマは猛烈に薄いというのがあります。

ここでサウナと普通の風呂との話を。100度のサウナ風呂は健康な人なら5分くらいは大丈夫かなと思いますが、100度の風呂は5秒でも止めとけと言われます。この違いはいくつかありますが、まずは気体と液体の密度の差が上げられます。気体は液体より桁違いに密度が小さいので、体に対する熱の伝わり方も小さく、100度でも耐えることができます。

蛍光灯のプラズマが1万度程度という話や、高度80km以上の熱圏が1000度から2000度という話もあります。いずれもプラズマや熱圏にある分子などの密度が非常に低いため、蛍光管が溶けて辺り一面火だるまになるとか、熱圏に到達したロケットの外板や断熱材が溶けると言ったことはありません。熱湯やおでん(南極条約違反)を扱う感覚とは違うのでした。

ということで、核融合炉の内壁は、1億度とかそれ以上の温度がかかることはないのでした(数万度の温度のプラズマを閉じ込める容器としての耐熱材料ありますか?:国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構)。

フランス南部で建設中の実験炉ITERでは、特に熱負荷がかかる箇所ではかなりの高熱になるようです(用語解説の3を参照)。それでも1億度とかはありません。


お湯を沸かす話はといいますと……。

現在の核融合発電に使う核融合反応は、重水素と三重水素の組み合わせです。これは高速の中性子が発生します。

中性子は核融合炉の炉壁を通過しますが、その周りにある「ブランケット」といわれる装置で止められます。止まった中性子はそこで高熱を発生します。その熱を使ってお湯を沸かします。

ブランケットにあるリチウムに中性子が当たると三重水素トリチウムができます。三重水素は核融合に使う燃料の一つなので、燃料も作れるわけです(量子エネルギー部門 六ヶ所研究所ブランケット研究開発部|研究・活動内容など)。――リチウムとトリチウムは字面が似ていますが全くの別物です。ガンダムとオガンダムくらい違うとかは余計ややこしくなるだけなので止めときます忘れてください。

軌道

人工衛星は地球の周りをぐるぐる回っています。他の天体に行く探査機は地球の重力を振り切って太陽の周りを回ったり大きく曲がった道筋を進んだりします。

人工衛星や探査機が動いていく道筋を軌道と言います。

天体の重力と軌道

天体の重力は距離が離れるにつれて弱くなります。人工衛星や探査機は天体に近いと速く、遠いと遅く動きます。

もう少し詳しく

楕円軌道

軌道の簡単な例

紙に画鋲を2個刺して長めの糸を渡し、ペンで糸を引っ張りながら線を引くと楕円が描けます。2個の画鋲の中間が楕円の中心で、画鋲の位置を焦点[17]と言います。画鋲が離れるほど楕円は平べったくなり、画鋲が重なって実質1個になると円になります。

太陽の周りを回る地球のように、質量の大きな天体(主天体)の周りを小さな天体が回るとき、道筋は楕円になります。主天体は楕円の中心ではなく、一つの焦点の位置にあります[18]

楕円といっても地球や金星の軌道は円みたいなものです。火星はちょっと楕円で水星は少々楕円。ハレー彗星だと楕円というのがわかりやすいです。

軌道面

主天体に一番近い軌道上の箇所を近点、一番遠い箇所を遠点と言います。主天体が地球ならそれぞれ近地点ペリジ遠地点アポジ、太陽なら近日点ペリフェリオン遠日点アフェリオンと呼ばれます。

2個の焦点が通る直線を引くと、遠点、楕円の中心、焦点、近点は、同じ直線上にあります。遠点と近点は、主天体(焦点)を挟んで向かい合った位置にあります。

軌道や焦点、楕円の中心は、基本的には同じ平面上にあります。これを軌道面と言います。

ケプラーの法則

ケプラーの法則(太陽と惑星の運動に関する法則だが、惑星と衛星などにも当てはまる)

1)太陽の周りをぐるぐる回る軌道は楕円ですよとか、2)太陽に近いところでは速く、遠いところでは遅く動きますよといった「ケプラーの法則」は義務教育で習ったと思います。……習ったっけ。アシモフの科学エッセイでよく読んだから学校でどうだったか忘れてしまいました。気になった方は国立天文台暦計算室の暦Wiki/ケプラーの法則あたりを読んでみてください。

3)周期の二乗は長半径の三乗に比例[19]というのも、太陽に近いところでは速く遠いところでは遅いというものですが、図に書いているとおり一回りする時間(周期)は長半径で決まるという話でもあります。

図の青線で描いている楕円と薄い灰色の円は、長半径が等しいように描いてます(円の場合はただの半径)。楕円の離心率(0だと円、1だと放物線になって線は閉じなくなる)は0.7位で描いたので、円の周囲を1とすると楕円の周囲は0.86くらい。なにかが図の軌道を回っているとすると、楕円の方が短いにもかかわらず、図の円軌道と楕円軌道では同じ周期で回ることになります。

3)は、架空の惑星の太陽からの平均距離や公転周期を決めるのにも使えますね。例えば公転周期666年の惑星[20]だと、太陽からの平均距離は太陽-地球間の76.3倍、ほぼ114億kmになります。

高度と速度(円軌道)

地上でボールを前へ投げると下へ曲がりながら落ちていきます……のような話から始まる「人工衛星はなぜ回っているのか」という話は聞いたことがあると思うので省略します。『王立宇宙軍』を観た爺さん婆さん(若い子でも可)なら台詞で聞いたことがあると思います。

地球が凸凹しておらず空気も無い場合、高度0kmでぐるぐる回れる速度が秒速7.91kmで、第1宇宙速度と言われるものです。

地表から離れるほど重力は弱くなるので、軌道を回る速度もゆっくりになります。高度400kmが国際宇宙ステーションISSの平均高度、20200kmが米軍のGPS衛星の軌道、35786kmが静止軌道です。軌道を回る速度(周回速度)はそれぞれ秒速で7.67km、3.78km、3.07kmになります。高度が38万kmになると月の公転軌道になり、秒速1kmくらいになります。

ラグランジュ点とハロー軌道について

ラグランジュ点

ラグランジュ点はガンダムファンの方はよくご存じだと思います(宇宙世紀限定?)。下の図を見飽きた方もおられるでしょう。

二つの大きな天体との相対位置を保ったままでいられる箇所がラグランジュ点で、5カ所あります。宇宙世紀のガンダムで重要な舞台になっているスペースコロニーはこの5カ所にあるという設定でした(ハロー軌道については後述)。

ラグランジュ点にある物体は、地球の周りを月と同じ周期で回っています(公転周期が同じ)。4、5はだいたい月の公転軌道上にあるので、公転周期も同じなのはなんとなく納得できると思います。

1は月より地球寄りなので、本当なら月より若干早く回る上に軌道も若干短いので、月より公転周期は短いはずです。逆に2は月より遠くにあるので、公転周期は長くなるはずです。3も月の公転軌道よりちょっと遠いので、公転周期は長くなるはずです。

本来の(?)速度と周期(おおざっぱな数値)
  地球からの距離(km) 周回速度(km/s) 公転周期(地球日)
地球-月系ラグランジュ点1 323050 1.11 21.2
384400 1.02 27.4
地球-月系ラグランジュ点2 445750 0.95 34.1

どれだけ周期が違うか知りたかったので、距離を適当に設定して計算しました。なので上の数値は大雑把な目安と考えてください[21]。それで計算するとラグランジュ点1と2では2週間近くの差が付いています。

地球とラグランジュ点1の物体、もしくは地球とラグランジュ点2の物体という、2つの物体だけで考えれば表のようになるかもしれません。ここに「月」があるために話が違ってきます。

ラグランジュ点1では本来速く進むはずが、月の重力に引かれて遅くなります。逆にラグランジュ点2では月に引っ張られて速くなります。このために地球からの距離が違うにもかかわらず、月と同じように回ることができます。ラグランジュ点3は地球と月の影響が重なるので影響を少し強く受けるため、遅くならずに動きます。

ラグランジュ点の略称

ラグランジュ点というと地球-月系のが有名です。他にも太陽と惑星、惑星と衛星の組み合わせがあります。

単に「ラグランジュ点1」とか言った場合、ガンダムの話なら多分地球-月系でしょうが、現実の話だと太陽-地球系のものかもしれません。現実の話のだと最初にその辺が書いていると思うのですが、人によってはつい地球-月系のだと思い込んでしまうこともあるので注意が必要です。

どこのラグランジュ点かを表すのには日本語の文章なら日本語で天体名を書くのが一番わかりやすいと思いますが、天体の英語名の頭文字をつなげた表記を目にすることもあります。

ガンダムでジオン公国が関係している地球-月系のラグランジュ点2
EML2( Earth–Moon L2 point)
現実でジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が関係している太陽-地球系ラグランジュ点2
SEL2( Sun–Earth L2 point)

2010年以前は天体の頭文字の間にハイフンを置く表記を見ましたが(E-ML2など)、最近は見ないかも。

ハロー軌道

ガンダム世界で重要な舞台になっているスペースコロニーですが、それらは地球-月系のラグランジュ点1~5にあるよという話でした。いつからかコロニーは各ラグランジュ点を回るように見えるハロー軌道上に置かれている[22]と言うことになっています。

ハロー軌道利用の論文から(構想は1966年)

1960年代から始まった月面有人着陸のアポロ計画ですが、月の裏側に着陸する場合、地球と通信できなくなります。これを解消する手段として、地球-月系のラグランジュ点2EML2を回るように見えるハロー軌道を飛行する1機の衛星が通信を中継することが考えられました。結局アポロ計画の着陸地は地球と常時通信ができる月の表側のみに設定されたので、この計画は実行されませんでしたが。

ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の軌道

赤外線で遙か彼方を見るジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の軌道です。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は太陽-地球系ラグランジュ点2SEL2周りのハロー軌道を回っていますが、映像の真ん中にある太陽を地球に、「Earth」を月に置き換えると、地球-月系のラグランジュ点2EML2周りのハロー軌道上の動きとみることができます。

軌道面が平面では無く波打っていますね。よくある説明図だとラグランジュ点を中心に回っている(ように見える)ので、ラグランジュ点が重力源になっているように勘違いし戸惑う方がおられたようですが、見え方の問題というのが分かると思います。

増速減速すると

地球上空の軌道をぐるぐる回っている宇宙機が増速すると、軌道が外側に膨らみます。増速をずっと続けると、どんどん外側に膨らんで地球から離れていきます。減速(姿勢を反対向きに変えて噴射)すると逆に地球に近づいていきます。

最初にぐるぐる回っていた軌道というのは、打上げ用ロケットによって与えられた速度と、地球の重力が釣り合ったところです。速度を変えると釣り合いがとれなくなるので、元の軌道から外れます。増速すると地球の重力から振り切るような方向に動きますし、減速すると地球の重力に引かれて近づいていきます。


増減速すると軌道が変わりました――話はそれで終わりません。

  1. 増速して軌道が膨らむと地球からどんどん離れていきます。
  2. 離れるにつれて宇宙機にかかる地球の重力は弱くなりますが、影響は常にあるので、宇宙機の速度は落ちていきます。
  3. 地球を挟んで増速したところの反対側で一番遠くなります(遠地点)。速度が一番遅くなります。
  4. ここからは地球に引かれて戻っていきます。速度は上がっていきます。
  5. 一周し、宇宙機が増速したところと同じ高度(地球からの距離)に戻ります(近地点)。
  6. 以後はこの楕円軌道を回り続けます。

円軌道の頃より軌道は延びてしまうので、一周する時間(周期)は大きくなりました。一度増速すると一周する時間が短くなる気がしますが、逆に増える事になります。

減速した場合は逆になります。


速度を変えるだけでコースが変わるというのは、感覚的に捉えにくいところがあります。まっすぐの道をまっすぐ進むのに、全速力で走ろうが途中から歩こうが全く関係なくまっすぐ進める、というのが地球の表面で生きる人の普通の感覚だと思います[23]

宇宙には地面は無く、空気抵抗も(高度によりますが)普通は考えなくてよく、影響を与えるのは(大雑把に言えば、且つ地球の近くなら)地球の重力のみ。このような状況での動きは、ある程度知識が無いとピンときません。

DARTとアクシズ落としについて

DARTの正面衝突

2022年9月27日(日本時間)、NASAの探査機「DART」が小惑星ディディモスの衛星ディモルフォス(直径約160m)に衝突し、軌道の変更に成功しました。2週間の観測でディモルフォスの公転軌道が32分±2分短くなっていたことが分かりました。

DART DART Impact Infographic:画像を縮小
提供:NASA/Johns Hopkins APL
DART衝突の解説画像
  1. 衛星ディモルフォスは主天体ディディモスの周りを11時間55分かけて円軌道で回っていました。
  2. 探査機DARTは衛星ディモルフォスに対して相対速度秒速6km強で正面衝突しました。
  3. 周回速度が少し遅くなり、主天体に少しずつ近づいていきます。
  4. 主天体を挟んで衝突したところの反対側で一番近づきます(近点)。周回速度が一番速くなります。
  5. 周回速度が少し速くなったので、次は主天体から少し離れるように動いていきます。
  6. 一周し、DARTが正面衝突したときと同じ高度(主天体からの距離)に戻ります(遠点)。
  7. 以後はこの楕円軌道を回り続けます。

探査機DARTが正面衝突して一旦周回速度が少し落ちたことで、結果的に周回距離は短くなりました。単に軌道の形が変わっただけでは無く軌道の長半径が短くなったので、周期が32分ほど短くなりました。

アクシズ落としの場合

映画「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」のラスト、小惑星アクシズの地球落下を防ごうとしてアムロや他のパイロットたちがとった行動は、DART衝突のもっと極端なケースといえるかもしれません。

あの場合、あの行動は逆だっていうのはいろんなところで解説されているようなので、これ以上ここで書くことでも無いですね。地球から離れさせるために押し出すといった演出でも良かったんじゃ……。

垂直に増速すると

進行方向と垂直に力を加える(速度を加える)と、軌道が傾きます。軌道は主天体を含めて1枚の平面上(軌道面)にありますが、軌道面の角度が変わるわけです。

一部の用語について

「(地球など天体の)重力」「遠心力」「無重力」についてです。

以上です。

もう少し詳しく(特に読む必要はないように思いますが)

書いておいてこんなことを書くのも何ですが、特に読む必要はないように思います。元々バーニアとかアポジモーターの話でこの辺の定義の話が出ること自体おかしい気がしますし。でも書いたのでとりあえず残しておきます。

重力

「軌道」のところでは重力と言う単語が時々出てきます。「地球の重力」「天体の重力」というように、万有引力の別名という感じで使っています。

重力とは万有引力から地球の自転による遠心力を引いたものだと覚えている方も多いと思います。自転の影響を強く受ける赤道直下と影響を受けない両極では、体重がわずかに違うといったものですね[24]

その辺は地表での重力の話で、自転などが関係しない天体同士の話に出てくる重力は、物体が互いに引き合う「万有引力」と同じ意味で使われます。

遠心力

ここではあまり使っていませんが(すぐ上で使ってますが)、「遠心力」という言葉でもめるのを見ます。いわく「遠心力は見かけの力で存在しないから、その言葉で説明するのは間違っている」というもの。

2021年11月26日放送のNHK番組『チコちゃんに叱られる!』で話題になったそうですね。ゲストの館ひろしさんが「遠心力」で説明したら不正解になったとか。

JAXAではどうしてISS内では、無重力になるのだろうか?のページで、落ち続けているからという回答とともに、遠心力という単語を使う回答も載せています。また、遠心力ってどんな力コラム 5 「慣性力」と「遠心力」というページもあります。

遠心力は確かに見かけの力ですが、説明にだすとわかりやすくなる利点があります。「求心力」「向心力」という単語を出すよりはわかりやすいと思います[25]

無重力

「無重力」という単語もいろいろ言われたりします。

類似した言葉に無重力状態(むじゅうりょくじょうたい)がある。一般的には、この2つ言葉はほぼ同じ意味合いで使われている。しかし、通常は重力がなくなっているわけではないので、無重力状態というのは科学的な観点から言うと間違った表現である。

上記の記述は後に、kikulog[2005/07/22 wikipedia: 無重力]などを参考にして[26]10ヶ月後に修正されています。他にも「無重力」だと重力が無くなると勘違いしてしまうとか言った、間違った意味の単語が与える影響を考慮した批判も見ます。

個人的には、kikulogの当時のコメントにあった(ような覚えがある)、「重力が無くなったように見える」という解釈でいいんじゃないかなと思っています[27]。静止衛星も地上の一点から見たら静止しているように見えるだけで実際には地球の周りを秒速約3kmで回っているわけですし。この辺、「無重力でいいよ派」と「無重力はダメだよ派」の2つがあるだけでは……、とも思っています。コラム 4 「無重力」と「無重量」なども参照してみてください。

なぜ重力が無くなったような感じになっているのか。その辺の理由をきちんと理解することが一番大切だろうと思います。

ということで

ここでは「(地球など天体の)重力」「遠心力」「無重力」という言葉を使います。遠心力はあまり使わないというか使うところがないので滅多に出てこないと思いますが。

所詮低学歴のおっさんの無責任な判断に過ぎません。気になる方は適時読み替えてください。

ただ、間違いだという理由が(構わないという理由、でも)「○○さんがそう書いていたから」という方は、一度そういう方の意見から離れて、問題について勉強してみてくださればと思います。

文書更新履歴

2022年11月22日
OMOTENASHIの件を追記(コメント内)。
2022年11月16日
このページを初公開。